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本日、4月30日土曜日、
明後日、5月2日月曜日は通常通り、
午後6時半まで診療いたします。

今年のゴールデンウィーク。

ドクターフリッカーの診療所は
カレンダー通り、日曜日、祝日は
休診といたします。

「飛び石」診療で
ご迷惑をおかけ致しますが
ご了承下さい。

5月3日の憲法記念日は
都筑区休日急患診療所の
当番に当たっているので

今年は「連休」となるのが
5月4日、5日だけと
なってしまいました。

ゴールデンウィークと言えば
翌日を気にせず、カツオのたたきを
たっぷりのおろしニンニクで食べるのが
大好きなドクターフリッカーですが、
今年は食べる機会があるでしょうか。

今日で4月も終わりです。

今年は何とも慌ただしい
年度始めでしたが
とにかく、スタートを切らなければ
何ごとも始まりません。

ゴールデンウィークも「飛び石」で
少し落ち着きませんが、
「ON」と「OFF」、
しっかり、けじめをつけて
お口の匂いだけじゃなく
気の緩みにも気をつけて
仕事をしていきます。
2011.04.30 Sat l つぶやき l COM(0) TB(0) l top ▲


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この4月から母校の講座で
後輩が「准教授」に昇進しました。

そのお祝いの席に
呼んでもらったので
診療終了後にいそいで
駆けつけたわけです。

後輩が偉くなるのは
以前にも書きましたが
何だか、うれしいような
くやしいような複雑な気持ちに
なるものです。

単に医局の後輩と
いうだけではなく
アメリカンフットボール部の
後輩ということが余計に
そう感じさせるのかもしれませんが、

昨日はそんな素振りを
察せられないように
スマートに「おめでとう」と
言ってきました。

大学で医者をやるのは
本当に大変です。

ドクターフリッカーは15年で
音を上げましたが

後輩とは言うものの、
新「准教授」はもう20年以上、
大学で研究、臨床そして教育を
頑張ってきたわけですから、
大した「ヤツ」です。

頑張ったことが認められて
昇進したのは本当に良かったと
心から祝福しました。

いや、これはホントです。

どんなフィールドでも
自分自身が頑張らなければ始まりません。
「棚からボタモチ」なんかは
そうそう落ちて来ないものです。

ドクターフリッカーも
大学を辞めて8年。

失うものも多少ありましたが
あのまま大学に残っていたら
分からなかったことも
たくさん学ぶことも出来ました。

頑張る後輩に負けないように
日々、勉強して前進しましょう。
2011.04.29 Fri l つぶやき l COM(0) TB(0) l top ▲


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この春、開催予定であった
各学会の総会や大会が
軒並み、延期、中止されています。

中には、ウェブ上に抄録や
発表予定だったパワーポイントを
掲載して掲示板などで
ディスカッションなどが
できるようにする学会もあります。

もともと、学会は
単純に学術集会である一方、
華やかなレセプションがあったり、
ある意味、「お祭り」的な側面も
持っています。

会場だってホテルや
国際会議場を広く借りて、
「地味に」とか「こつこつと」とか
いう雰囲気でもありません。

タイムテーブルもタイトになり、
シンポジウムが開催されているとき、
別のポスター展示会場で
同じテーマの研究が議論されている
こともしばしばです。

実際、会場にいても全ての
講演を聴けるわけではありません。

むしろ、ウェブでの開催であれば
運営にかかる会場費もかからないでしょうし、
遠方や時間的問題で会場に来ることが
難しい研究者も簡単に参加出来ます。

見たい時間に全ての演題を
じっくり見ることも出来るでしょう。

「やり手」の研究者は
国内の学会では「手の内」を明かさずに
後に控える国際学会まで
「研究成果」を温存することさえ
ありますし、

そもそも、きちんとペーパーにならなければ
口頭発表だけでは「原著」にはなりません。

総会ともなると膨大な演題が
発表されますが、その内どれだけが
雑誌に掲載されるペーパーと
なるのでしょうか。

今回、これだけ多くの学会が
学会場での開催を見合わせても
実質、学問、研究の停滞にはあまり
ならないと推測できます。

今までの学会開催形式を
否定するわけではありませんが、

今後の学会開催のあり方については、
この際、一考も
必要なのではないのでしょうか。
2011.04.28 Thu l 医療 l COM(1) TB(0) l top ▲


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英語は習うより慣れろと
よく言われますが

日本で暮らしているのですから
なかなか、そう簡単に
「慣れる」ことは出来ません。

特に中学校のときの
英語は「三単現」などという
英語だか麻雀だかわからない
言葉が出てきて

とても「慣れる」状況では
ありませんでした。

そんな「慣れない」英語。

「yをiに変えてes」という
何だか「おまじない」みたいな
言葉もありましたが、

こちらはしっかり
覚えることが出来ました。

キャンディーズが歌っているとき、
バックにでっかく「Candies」と
書かれていたからです。

そう、「Candys」ではなく「Candies」。

じゃあ、デニーズはどうなんだと
思ったりしましたが、
あちらは「Denny’s」でした。

スーちゃんが急逝されたと
訃報を聞いたときに

中学校のときに
「みごろ!たべごろ!笑いごろ!!」で
いがぐり頭のカツラをかぶった
ラン助、スー吉、ミキ子の
キャンディーズの笑い顔と

当時、中間テストや期末テストで
格闘していた「英語」の
「yをiに変えてes」を思い出しました。

数々のコーラスは本当に素敵でしたが
伊東四郎と小松政雄とのコントも最高でした。

毎回、スー吉は言ってましたね。

ラン、泣かないで。
世界のキャンディーズに
なるまで涙は禁物よ。
さあ、ラン、笑って!

そう、キャンディーズは
ずっと心の中で輝き続けるでしょう。

スーちゃん、ありがとう。
天国でゆっくり休んで下さい。
2011.04.27 Wed l 思い出 l COM(0) TB(0) l top ▲


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今年のペナントレース。
中日は最悪のスタートです。

9試合消化して2勝6敗1分。
何をかいわんや、です。

知将、落合監督は
「最悪、9連敗も予想していた。
 2勝は上出来」と、「らしい」発言ですが、
ホントに大丈夫でしょうか。

特に数年にわたるチーム全体の
打撃不振は深刻です。

打撃コーチは飾り物かと
気の短いひとならベンチのひとつも
蹴っ飛ばすでしょうが、

落合監督はそんなことは
けしてしません。

落合監督の辞書には
「想定外」の文字はなく、

たとえ、想定外であったとしても
そんなそぶりは見せないところは
さすがと言いますか、偉いところです。

しかし、ど素人のドクターフリッカーは
いても立ってもいられません。

トップの荒木選手は初球から
淡々と打ちすぎです。

くさいところをファールにして
ねばるタイプではないし、
典型的な「ヤマ」をはるバッターで
一番には向いていないのではないかとさえ
思えてきます。

そうした「ねばっこい」バッティングが
持ち味の井端選手は昨年の体調不良が
尾を引いているのか、未だに全く、
「井端らしさ」が感じられないままです。

選手会長の森野選手は主軸としての
責任感のあまりか、力が入りすぎている
ように見受けられますし、

グスマン、ブランコの両外国人にいたっては
バットにボールがあたる気配さえありません。

唯一、和田選手だけは
「不調」ながらも「何かやってくれる」
雰囲気が出ていますが、
これでは「打線」をつなげろという方が
土台、無理な話というものです。

デーゲームが多いので
仕事が終わった後には
既に結果が出ていて
夜はニュースも見る気がしません。

昨日、25日まで4日間、
ゲームがなかったドラゴンズ。

今日から「オレ竜」打線が
いかに覚醒し、立ち直るのか、
興味深く、じっくり見ていこうと思います。
2011.04.26 Tue l つぶやき l COM(3) TB(0) l top ▲


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4月後半だというのに
寒い雨の週末でしたが、

一転、初夏の陽気の日曜日、
「こどもの国」に行きました。

ドクターフリッカーも
百合ヶ丘に住んでいた頃
両親に連れてきてもらった
おぼろげな記憶がありますが、

何か、ただ広いだけで
取りたてた思い出もなかったので
足を運びませんでした。

そう、40数年ぶりでしょうか、
「こどもの国」に行ったのです。

クルマは使わないで
ブルーラインと田園都市線、
最後は「こどもの国線」と
乗り継いで電車で行きました。

いや、かってに無料の公園だったと
勘違いをしていましたが、
有料の遊園地でした。

ポニー牧場で2世は
「一人で乗る」と言い張って
お姉さんにポニーを引いてもらいながら
一周して来ました。

メリーゴーランドも
乗れなかった
ことを考えれば
少しは成長したのでしょうか。

今の天皇陛下が皇太子のとき
ご成婚のお祝いを基金として
昭和40年に開園した「こどもの国」。

太平洋戦争のときは
田奈部隊が駐屯する
弾薬基地だったそうですが、

そう言えば、よく見ると
弾薬庫や防空壕の跡みたいな
ところがたくさんありました。

天気にも恵まれ
広い草むらは大勢の
家族連れがレジャーシートを
敷いて楽しんでいました。

ドクターフリッカー2世も
裸足になって走りまわったり、
寝ころんだりして遊んでいました。

そう言えば、昔来たとき、
オレもここの草むらで走ったかな・・・と
かすかな記憶が蘇り、

はしゃぐ2世を
かっての自分と重ねて眺めながら
時間の流れをしみじみと感じました。

広大な敷地は
とても一日では回りきれず、
ボートにも乗る予定でしたが、
次回のお楽しみにして

2世は「羊ってさ、
ホントにメエーって鳴くんだね」と
今更ながらの感心して
帰宅の途につきました。
2011.04.25 Mon l つぶやき l COM(0) TB(0) l top ▲


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もう、すでに「管おろし」は
マスコミの猛烈な
旋風となって吹き荒れています。

マスコミによって
根拠不明の「アンケート結果」が
垂れ流され「世論」として政権の不手際を
責めたてています。

統一地方選の結果で
鬼のクビでも取ったかのように
はしゃいでいる大事なことが
まるで分かっていない
国会議員は論外としても

あきれ返るのは
旧政権政党の執行部です。

もともと彼らが「保守本流」の中で
ぬくぬくと政治家生活を送ってきて
官僚主導、財界依存の
今の日本を作り上げてきたのでは
ないのですか。

その挙句がこの「天下り天国」です。

「日航」もそう、「東電」もそう。
親方「日の丸」の慢心の結果に他なりません。

いまさら「原発」を作ったのは
誰のせいだとか言っても始まりませんが
「原発推進」も官僚、経済産業界、
そして時の政権政党が旗を振り続けたのです。

「絶対安全」の旗を。

その「利権」を受けてきた
政治家はしっかり最後までこの問題に
誠心誠意に尽くすべきです。

「利権」をむさぼっていた政治家が
今になって何を言うかということです。

そういう政治家の笛で
踊らされている「マスコミ」の愚。

あること、ないことを
何でも煽って騒ぎを大きくすることが
ジャーナリズムだと思っているから
本当に始末におえません。

また、こういう風向きを
あざとく察知する現政権政党の元代表。

政治家が政策議論もないまま
揚げ足取りに終始して
「利権」の維持に血眼になっている姿は
一般国民に厭世観をもたらします。

だいたい「民主国家」を謳って
「民主党」だの「自由民主党」だの
名乗っていますが、
彼らのいう「民」とは一体、
何のことでしょうか。

自らは具体的な政策も示せず、
権力を争うだけでは話になりません。

この未曾有の国難に際して、
政権がどうだ、首相は誰だというような
議論は危機管理上、全くナンセンスです。

総理大臣が「力不足」なら
力を貸そうとするのが本当の「政治家の姿」
というものではないのでしょうか。
2011.04.24 Sun l ひとこと l COM(1) TB(0) l top ▲


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昨日は医師会の理事会。

もう平成23年度、
新年度になっていますが

3月まで第4班の班長だった
ドクターフリッカーも
「業務引継ぎ」のために参加しました。

ドクターフリッカーにとっては
最後の理事会なので、場所を移して
お食事をしながらの懇親会にも参加しました。

2年間、区医師会の「班」と
いうものの中で、その役割は何かと
「模索」し続けましたが、
なかなか、見つかりませんでした。

「班会」という「親睦会」の定期的な開催は
義務付けられていましたが、
班長の不徳でなかなか、みんなが揃って
という訳にもいかなかったのも心残りです。

一度、「班」の中である問題が起こったとき
平日の昼にも拘わらず、4班の多くの先生がたが
区医師会の会議室に集まって解決に向けて
話をしたことがありました。

あの時は、なんか、こう「ひとつにまとまる」
という感覚もありましたが、
そういう活動さえも区医師会全体からは
かなり、温度差があるなと感じたものです。

そう、せっかく「班」別にしている訳ですから
そこから出た意見はもっともっと
取り上げてもらっても良いと思い、
それなりに試行錯誤をした2年間でしたが、

そういうことも含め、なかなか上手くいかないものだと
いろいろ、いい勉強になりました。

区医師会とは言え、
けして、市医師会の単なる下部組織で
言いなりになっている訳ではないことも
会長はじめ、各理事の先生がたのご苦労を
目の当たりにしてよく分りました。

結果的には何もしなかったに等しい「班長」でしたが、
一応、「任期満了」「お役御免」となり、

今後も一医師会員として微力ながら
地域医療のお役に立ちたいと思います。
2011.04.23 Sat l つぶやき l COM(1) TB(0) l top ▲


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おはようございます。

ここ数日、スタッフの確保で
診療以外の時間を忙殺されている
ドクターフリッカーです。

いや、首尾よく
いきそうだったのですが
いろいろと予想外のアクシデントもあり、
すんなりとはいきませんでした。

世の中、甘くありません。

いろいろと日本が大変なときに
自分のことだけを考えているようで
恐縮ですが、

スタッフの問題は診療所を
円滑に運営していく上で
大変、重要な問題ですし、

また、現状のスタッフに
過度な負担を強いることは
極力避けなければなりません。

来週末からゴールデンウィークに
なってしまうのも、一層、危機感が
つのります。

連休前に何がしかの「めど」を
つけたいと奔走していますが、
どうでしょうか。

ま、最終的には
例え、ドクターフリッカー、
一人でも診療所は開ける「覚悟」は
出来ていますが、患者さんへの対応となると
ご迷惑をかけてしまいます。

この程度で「苦境」とか
甘ったれたことは言ってられませんが

良いスタッフに仲間に入ってもらって
何とかピンチをチャンスに出来るように
出来ればと祈る日々が続きます。
2011.04.22 Fri l つぶやき l COM(0) TB(0) l top ▲


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4月も後半になりました。
定期健診の季節です。

先週から校医を務めている
中学校で内科健診が始まっています。

昨日の午後も
頚椎の違和感を覚えながら
200名の健診を行いました。

ふー。

いや、実際に聴診を
するだけでも200名くらいが
限界なのではないでしょうか。

頚椎もさることながら
耳のほうが聴診器の出し入れで
かなり、悲鳴をあげていました。

すみません。
なんでも大げさなのが、
悪いクセなのです。

それでも、健診後は
グラウンドや体育館に響く声を
聞いて、元気をもらって来ました。

昨年は近所に
中学校が新設されたため、
生徒数は800名を割りましたが、
今年は、再び大台突破です。

そんな「若い人口」を
ターゲットにしたのでしょう。

センター南の「港北 TOKYU S.C.」には
「SHIBUYA109 OUTLET」、
大型スーパーの「LOPIA」が出店して
今月29日にリニューアルグランドオープン。

ファッションブランドも
「KOHOKU109」にせず、
あえて「SHIBUYA」のアウトレットを配し、

食料品も「デパ地下」からリーズナブルな
「スーパー」への転換戦略。

ニュータウンファミリーめぐっての
大型店舗の激戦は
まだまだ、落ち着きませんが、

ま、それはともかく、
下校のときは、寄り道はしないで
まっすぐ、帰りましょう。
2011.04.21 Thu l つぶやき l COM(0) TB(0) l top ▲


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久しぶりの明るい話題です。
京都在住の木村さんという方が
「世界一の男性ご長寿」になったそうです。

明治30年、
1897年のお生まれで、
昨日、4月19日が
お誕生日の木村さん。

114歳だそうで、
おめでとうございます。

昨年は、「幻のご長寿」が
続出して話題になりましたが
114歳の木村さんは
正真正銘、お顔もニュースで
紹介されていました。

もう、この領域になると
個人情報も何もあったもんでは
ありません。

いや、驚くなかれ、
あの太平洋戦争が終わった頃、
今のドクターフリッカーくらいの
年齢だった計算ですから

あやかりたいと言いますか、
あんまり、先々のことまで計算高く
上手に生きようなどと思わないで、
まだまだ、がむしゃらになって
生きていかないといけません。

そう言えば、
ドクターフリッカーの
尊敬している「木村さん」も
全然、年上であるにも拘らず、

今どきの若いひとに負けない
進取の精神を持ち、
仕事に対する向上心が
並大抵ではありません。

さらにテニスにジョギングと
一体、いつ休んでいるのかと
衰えることのない姿勢に
いつも驚かされています。

こちらの「木村さん」は
あやかるのではなく、
見習わなくてはいけません。
2011.04.20 Wed l つぶやき l COM(1) TB(0) l top ▲


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持っているスマートフォンが
バージョンアップしました。

何でも「メジャーアップデート」とかで
パソコンを使わないと
インストール出来ません。

何と面倒なのでしょうか。

別にアップデートしなくても
日常では、ちっとも困りませんが、
バージョンアップするのだと
言われればしたくなるのが
人情と言うものでしょう。

昨晩、1時間半もかけて
アップデートしました。

早くもと言いますか、
とうとうと言いますか、

ケータイごときに
振り回されている
ドクターフリッカーです。

ま、何かいろいろと
便利になるようですが、

ピンチインやらアウトやらで
モニターは指紋だらけです。

わざわざ、ケータイじゃなければ
出来ないことは
結局、携帯電話としての機能。

これだけはもうちょっと
電波の感度とバッテリーを強化して、
磐石にして頂きたいものですが、

仕事に使っている方は
ちょっと、きついんじゃないでしょうか。

多機能になり過ぎて
まるで、「冷蔵庫」と「洗濯機」と「掃除機」が
一緒になったように、
何からどう使えば良いのか
途方に暮れる毎日です。

スマートフォンを使いこなせない
ドクターフリッカーにして見れば
何でも出来るというのも
良し悪しな感じもします。
2011.04.19 Tue l つぶやき l COM(0) TB(0) l top ▲


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40周年のメモリアルムービー
「レッツゴー仮面ライダー」。

地下鉄に乗って
二つ隣の駅、「センター北」まで
映画を観に行きました。

いや、都筑区在住ながら
「ノースポート・モール」の中に
入るのは初めてだったのです。

ウィンドウショッピングの
間もなくエレベーターで
7階のワーナー・マイカル・シネマズに
直行して急いでチケットを買いました。

「子ども向けの映画」と
高をくくっていましたが、
40過ぎのかっての
「少年仮面ライダー隊」たちが大勢いて
結構な混雑振り。

席は最前列しか残っていませんでした。

上映開始の3分前でしたが、
塩味ポップコーンとコーラを買って、
予告編上映のときに着席。

ドクターフリッカー2世とは
二人で初めて映画を観ましたが
ポップコーンをほおばりながら
夢中になってでっかいスクリーンを
堪能しました。

帰りは少し「ノースポート・モール」を
散策したかったのですが、

一つとなりの「センター南」で
お母さんと待ち合わせて、
遅い昼食を食べてから「トイザらス」に
2世の誕生日プレゼントを買いに行きました。

いや、前々からキックボードが欲しいと
言っていたのですが、なにしろ
ついさっき、映画を観たばかりですから
仮面ライダー関連のものばかりに
興味を示して、らちが明きません。

「じゃー、もう今日は
 キックボード、買わないぞ」と
強制的に「買いもの」をすませて
やっと帰宅。

夕方は、近所の公園まで
キックボードで遊びに行きました。

夜は、やっと、ようやく、5本になった
ケーキのろうそくを「ふーっ」と消して
ささやかな「お誕生日パーティ」。

いや、ケーキ以外は
いつもと同じ、質素な晩餐です。

日曜日でしたが、何だか
疲れが取れないどころか、くたくたに
なってしまいましたが、

寝る前にパソコンの通販で
こっそり「レッツゴー!!ライダーキック 」の
CDを購入してしまった
ドクターフリッカーです。
2011.04.18 Mon l つぶやき l COM(1) TB(0) l top ▲


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29年前、ドクターフリッカーが
大学に入った頃、

母校のアメリカンフットボール部の
ユニフォームはアメリカの
空軍士官学校、エアフォースとそっくりでした。

いわゆるエアフォースブルーを
基調としたデザインは他校の
追随を許さないかっこよさでしたが、

2年生のときは
ドクターフリッカーのミスが響いて
結局、リーグ戦で4位。

それまで、12チームを
A、B並列の2リーグ制にして
各リーグの1位どうしが
優勝決定戦を行う方式でしたが、

翌年からはA、Bリーグの
上位6チームで1部リーグを構成し、
4位以下のチームは2部リーグに
所属することが決まっていました。

ですから、3年生のときは自動的に
2部でリーグ戦を戦うことになったわけです。

ユニフォームは新人が入部したときや
破れたときなどに「特注」で作っていたのですが、
エアフォース仕様はとにかく高くつきました。

そもそも、アメリカンフットボールの
ユニフォームなど「消耗品」ですから
いちいち特注していては不経済ですし、

2部に「降格」したという「戒め」からも、
エアフォース仕様のユニフォームは廃止して、
既製品をおそろいで購入して
リーグ戦に参加することになりました。

秋のリーグ戦の初戦は
リーグ加盟から短期間で新興著しい
K大医学部。

タッチダウンは2本ずつでしたが
トライフォーポイント差で母校は辛勝。
6年生のディフェンスバックのインターセプトが
勝利のキーポイントでした。

結局、その後の4試合は
失点0の圧倒的なディフェンスで
見事、5勝0敗で2部リーグ優勝を飾り、
初戦でインターセプトをした先輩は
6年生ながら「MVP」を獲得しました。

いや、ドクターフリッカーも
「影のMVP」と言われたものです。

それは、前年にドクターフリッカーの
ミスがなければ1部所属となり
2部での「優勝」はなかった、という訳です。

さらに言えば、ドクターフリッカーが
ラインバッカーになったため、
ディフェンスバックの6年生が
スターターで出場しなければならなくなり、
結果、優勝へのインターセプトを決めたのでした。

リーグ戦の前は華がなく
地味に思えた「新ユニフォーム」も

優勝して終わってみれば
シンプルなことがかえって強そうで
かっこよく見えるようになったから
不思議なものでした。
2011.04.17 Sun l 思い出 l COM(0) TB(0) l top ▲


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忘れていましたが
昨日、4月15日は
ドクターフリッカーの診療所の
開院記念日でした。

まる8年間、この地で
仕事をさせて頂きました。

開業前にコンサルタントの方から
もらった「継承前」の診療所の写真を
久しぶりに眺めてみました。

ホントは開業前に内装くらいは
手を入れたかったのですが、
「ブランク」を作ることは大家さんに
認めてもらえませんでした。

それでも8年かけて、少しずつ
リニューアルして現在に至るわけです。

思い起こせば
本当にいろいろありましたが、
いまだ、落ち着かずと言いますか、

これからも、まだまだ、
いろいろとありそうで
なかなか「余裕」とか
「ゆとり」と言うような雰囲気が
出てこないのは院長の
性格のせいでしょう。

大学病院時代に
なんで、あんなに「開業」に
こだわったのか、今となっては
さっぱり、理解できませんし、
思い出せません。

一体、何がしたかったのでしょう。

開業資金の調達のために
国民金融公庫からお金を
借り入れた時の事業計画書を
あらためて見てみると

「患者さんが信頼、納得できる
 きめ細かい地域医療を実践したい」と
歯の浮くようなことが書いてあり、
昨日の晩は一人で赤面です。

予定通りには
行かないのが人生ですし、
人生だからこそ、予定通りには
行かないのでしょうが、

「敵は己の中にあり」
とでも言いますか、

時の移ろいの中で
自分自身をしっかりと
掴んでいることが
出来るか、どうか、

これがいかに大切かと
痛感する「9年目の春」です。

♪ どれだけ歩いたか、
   考えるよりも 標なき明日に
    向かって 進みたい ♪♪
2011.04.16 Sat l つぶやき l COM(1) TB(0) l top ▲


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介護保険で「老健」とよく耳にします。
これは「介護老人保健施設」の略で
お年寄りが、病院から退院はしたけど
日常生活に戻るまでの
生活能力がないときに

自宅に戻って生活することを
前提にして入所をしてリハビリなどを
行うところです。

常勤医師や看護師の在籍を
届けてることも必要・・・と言うことに、
一応なっている筈の施設です。

一方、同じような名前で
「介護老人福祉施設」というのもあります。
これは「特別養護老人ホーム」のことで
通常、「特養」とか呼ばれています。

こちらはいわゆる「老人ホーム」で
そこを「終の棲家」として生活していくことが
出来ます。

こちらはあくまで生活の場ですから
医師も普通はおりません。

「老人保健施設」と「老人ホーム」と
最初からシンプルに呼べば良いのに
「老健」とか「特養」とか
なんで、こんなに紛らわしくして
いくつもの呼び方があるのか
よく分りません。

時と場合によって
同じことを都合よく違う言葉にされて
何かうまくごまかされているような
気もしないではありません。

こういう施設はもともと、
「介護療養型医療施設」、
いわゆる「老人病院」が増加し、

それによって「医療費」が
莫大に増えたために
「医療費削減」を目的に
机の上で議論されて、

「介護保険」によって
設立されているわけですが、
ご高齢のかたは何がしか医療を
要することが多く、

長い間順番待ちをして、
「老人ホーム」に入所したとたん、
すぐに病気で病院に
入院と言うこともあるわけで

入所される方、利用する側にとっては
一体どこに入所するのが良いのか
わからないことも多々あるわけです。

以前も書きましたが、
介護保険はもともと、住み慣れた「自宅」で
最後まで過ごせるようにすることが
一番の目的だったはずです。

ところが、
極端な超高齢社会、核家族化によって
介護する家族と住み慣れた自宅で
生活すること自体、都心部では
もはや、現実的に至難の業です。

経済的に余裕にある方ならば
「介護付き住宅型有料老人ホーム」などで
悠々自適に過ごすことも出来ますが、
それとて住み慣れた「自宅」というわけでは
ありません。

日本が「サザエさん」のような家庭ばかりを
想定して作られた「介護保険」。

カツオくんやタラちゃんが
もっと、もっと頑張れる世の中にしなくては
「介護保険」も破綻していきます。
2011.04.15 Fri l 医療 l COM(1) TB(0) l top ▲


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いや、耳を疑いました。

「マジかよ!」

誰が言ったと思います?

2世です。
ドクターフリッカー2世が
「マジかよ!」ですよ。

もう、何だか、
どっと疲れが出てきました。

いや、別に目くじらを
立てるようなことでもありませんし、
まー、子は親の何とかです。

初めて「マジ」を聞いたのは
記憶が正しければ
確か、中学1年生のとき。

高校2年なのにひげを生やした
生物部の松下さんという先輩が
「マジかよー!」と言っていました。

ふーん、「マジメに言ってるのかよ」と
言うところを略して言ってるのだなと、
その当時、思ったのを覚えています。

もうかれこれ、35年以上昔になりますが、
流行りすたりの多い「若者言葉」の中では
「死語」にもならず、シーラカンス級です。

そう言えば、毎週、日曜日の朝に
ゴーカイジャーの赤いひとが

「マジかよ!」とか
言っていた気がします。

いやいや、他人のせいにしては
いけません。

ドクターフリッカーも家の中で
「マジかよ!」を汎用しています。

お前ね。
そーいう、モノの言い方は
友だち同士ならともかく、
目上のひとには言ってはいかんのだよ。

「メウエってなに?」

もー、マジかよ!
2011.04.14 Thu l つぶやき l COM(1) TB(0) l top ▲


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いろいろありましたが、
昨日からプロ野球が開幕。
ま、良かったと思います。

今年の開幕にあたって
いろいろな意見、考えがあることを
承知のうえで、ひとこと書いておきます。

選手会の元会長だったある選手は
「野球で勇気づけられると
 思っているなら思い上がりだ」と
発言しました。

しかし、野球選手が野球もしないで
世の中の役に立つと考えることのほうが
「思い上がり」だとは言いませんが
「思い違い」じゃないでしょうか。

野球選手が野球しか出来ないと
言っているのではありません。
プロとしての「仕事」の考え方の問題です。

昨夏、プロ野球の選手会は
選手が暑くてしんどいので、
夏の屋外球場でのデーゲームを減らせと
日本野球機構に申し入れました。

昨年の夏は確かに猛暑でした。
しかし、仮にも「プロ」の選手会が
それにしても、です。

昨年の夏の甲子園でも
今年の春のセンバツでも
高校球児は「暑い」だの、「思い上がり」だのと
余計なことは言わないで
ひたすら白球を追いました。

高校野球には出来るのに
プロ野球では出来ないものは
一体、なんだと言うのでしょう。

野球のプロとして、「仕事」として
一般の勤労者よりはるかに高い
何千万、何億円の年俸をもらっている
プロ野球選手。

「被災者感情」「国民世論」を考慮した
プロ野球選手会の判断だったかも知れません。

オープン戦で募金を募ったり、
個人で多額の義援金を送った選手もいます。
それは、それで立派なことですが、
開幕を遅らせることとあまり関係が
ないような気もします。

4月2日と3日に12球団は
チャリティゲームを行いました。
結構なことです。

しかし、それならむしろ公式戦を
開幕させて、その収益を「義援金」にすることは
出来なかったのでしょうか。

チャリティゲームなら試合をするが
公式戦は出来ませんという
理由がよく分りません。

日程をみると5月以降は東京ドームの
ナイトゲームも多くなっていきますが、
4月いっぱいで「計画停電」実施も
見直されていますから、
あまり非難もされません。

電力の問題や開催球場については
たしかに球団や管轄省庁が
もっと、速やかに骨を折るべきだったとも思います。

3月の開幕を強行すれば
諸般の事情で中止や延期となるゲームも
あったかも知れません。

しかし、そんな時こそプロ野球選手は
あくまでも黙して、いつでもどこでも

「しまっていこうぜ!」とグラウンドに飛び出していく
心意気、姿勢をみせて欲しかったと思います。

太平洋戦争のときは野球が出来なくなって
野球選手は「くやし泣き」をしたそうです。
今のプロ野球の選手会長は開幕が延期になって
「うれし泣き」です。

せっかくの「球春到来」に
水をぶっかけるようなことを書いて
すみません。

スワローズも宮本選手も
タイガースの新井選手も
熱くて、一途で大好きな選手です。

この大変なとき、今こそ日本に
プロ野球が力を与えてくれると信じています。
2011.04.13 Wed l ひとこと l COM(0) TB(0) l top ▲


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昨日の午後も、
福島県いわき市で大きい
余震がありました。

自然はどこまで人間を
追いつめるのでしょう。

福島第1原発の事故による
避難区域は「計画的避難区域」として
実質、拡大されています。

そんな中、昨晩
昭和大学横浜市北部病院と
都筑区医師会内科医会で
定例の連携勉強会を行いました。

今月になってドクターフリッカーも
出席予定であった
日本医学会総会や日本内科学会総会など

震災の影響で次々と中止、延期を
余儀なくされています。

今回の連携勉強会も
ご講演をいただく予定であった
東北地方の大学の院長先生が

現在の被災地の医療情勢から
とても横浜まで来ていただくことが
出来なくなり、残念ながら
招聘は断念となりました。

しかし、全国規模の学会はともかく
地域の連携勉強が停滞することは
地域医療にとっては、大きな「損失」です。

都筑区内科医会の会長と
横浜市北部病院の教授の先生の
「連携を継続することが何より大切」
とのご英断であえて中止には至らず、

北部病院の先生に
非常に興味深い症例呈示をいただき、
その後、「大腸がんの診断と治療」について
ご講演を伺ってしっかりと連携勉強を
行うことが出来ました。

昭和大学横浜市北部病院は
2001年4月の設立で今年で11年目。

2003年4月に都筑区で開業して
9年目となるドクターフリッカーも
いまや、内科や消化器疾患に限らず、
幅広い領域で母校より数多く患者さんの
病診連携を行って、ご指導も頂いています。

継続は力です。
自分たちがやるべきことは何か、
自分たちで出来ることは何か、

北部病院の先生がたも
医師会の内科医会の先生がたも
「連携」、「継続」を
肝に銘じて自分たちの「仕事」を
一所懸命、ひたむきに行っています。

ま、ドクターフリッカーは
内科医会への参加、
特に連携勉強会への出席は
けして積極的とは言えず、
そこら辺は何とも心苦しい限りですが、

これからも、プライマリーの
重要性をよく認識して
「かかりつけ医」、「町医者」として
見落としなく、しっかり連携が出来るように

日々、自分を見直しながら
とにかく自分の「ポジション」を
しっかりと守り抜きたいと思います。
2011.04.12 Tue l 医療 l COM(0) TB(0) l top ▲


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♪♪ 名前しか知らない あなたと私
   なのに不思議ね 清き一票
   県知事はこうして 当選するものなのね
   頑張って欲しい 神奈川にすべてを
   今宵一人で歌う 県知事への歌

♪  出馬はしない つもりだったけど
   未曾有の国難 放っておけない
   かけたハシゴも はずしちゃったけれど
   救って欲しい この国を首都から
   今宵一人で想う 都知事へのこと

♪  県知事だって 投票できる
   なのに不思議ね 県の医師会長
   下っ端の会員には 投票権すらないの
   おしえて欲しい 医師会のすべてを
   今宵一人で憂う 医師会のこと

♪  白い手袋 街頭演説
   名前のたすきに 願いを込めて
   次の選挙は いっそ出馬しようかな
   児童会会長さえ なれなかった私だけれど
   今宵一人で悩む 選挙ということ
   選挙というもの 選挙の意味・・・  ♪♪
2011.04.11 Mon l つぶやき l COM(1) TB(0) l top ▲


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春のセンバツは
神奈川県代表の
東海大相模高校が優勝しました。

今は押しも押されぬ
読売巨人軍の大監督、原監督が
東海大相模の原クンとして
注目され始めた頃、

少年サンデーに
「男どアホウ甲子園」という
今では考えられないタイトルの
漫画が連載されていました。

巨匠、水島新司の出世作です。

当初、原作なしで連載を始めたそうですが、
ストーリーがすぐ「暴走」して
収集がつかなくなるので

途中から佐々木守原作となったのは
知る人ぞ知る逸話です。

たしかに原作のなかった
「ドカベン」、「あぶさん」など、
収集がつかずに空前絶後の
長期連載となりました。

漫画より野球が好きな
水島新司の真骨頂、
少年マガジンで週刊連載となる前の
「野球狂の詩」は涙が出るような作品ばかりです。

「オレは長島だ」は水島新司でなければ
絶対に描けないでしょう。

「長島」ではなく「長嶋」?
いいえ、当時は「長島」と
表記されてたんです。

自身、野球の実力は
「二軍なら通用する」と
南海ホークスの穴吹二軍監督に
お墨付きをもらったというくらい
野球選手に憧れていた水島新司。

あの作中の「長島太郎」は
水島新司自身を描いたのに
他ならなかったのです。

昭和50年ごろ、
小学館から「野球どアホウ伝」という
水島新司の初期の短編をまとめた
単行本が出ていましたが、
珠玉の名作ぞろいでした。

まだ、ドームはおろか、
人工芝も電光掲示板もない、
トランペットの野暮な応援もない
古きよき「プロ」野球の世界。

何とか、もう一度
読めないものでしょうか。

もしかしたら、
ドクターフリッカーが
一番、影響を受けた漫画家は
手塚治虫や赤塚不二夫ではなく

水島新司先生だったかも
知れません。
2011.04.10 Sun l 思い出 l COM(1) TB(0) l top ▲


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進級、進学の季節です。

今年は被災地から避難先の
学校へ転入を余儀なくされる
児童、生徒さんも多いでしょう。

新しい学校に入学し
慣れない環境や
通学などで苦労される方も
いるかも知れません。

ドクターフリッカーは
中学、高校と
国鉄(現JR)と有楽町線という地下鉄を
乗り継いで通学しました。

いや、中学1年生の頃など
国鉄のラッシュがすさまじく
潰されるかと思いました。

有楽町線は当時はまだ
「銀座一丁目」から「池袋」までしか
開通していなくて、車両も短く
空いていましたので

時どき、居眠りをして
「池袋」まで寝過ごしたこともあります。

今は埼玉県の「和光市」まで
延伸しているそうです。
さらに、東武東上線に乗り入れて
「川越市」まで一本で行けるのですから、

うっかり、寝過ごしたら
大変なことになります。

えーっと、何の話でしたっけ。
そうそう、進級、進学の話。

今、いろいろ大変だと思います。
「勉強どころではない」と思っている
生徒諸君もいるでしょう。

でも、今は勉強もしてみましょう。
まけないで、勉強も部活も、そして遊びも
何でもやってみましょう。

それこそが、きっと明日の
日本の礎となるのだと思います。

がんばろう!
2011.04.09 Sat l つぶやき l COM(0) TB(0) l top ▲


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4月3日と4日、
サーバーがダウンした時、

FC2ブログで
バックアップのデータから
ブログを復旧してくれました。

復旧した際、
一部、混乱していた環境設定を
更新しなおしました。

実はそのとき、「拍手ボタン」の
設定を外したのです。

特に大きな理由はありませんが、
今までも何となく、
自ら「拍手」を催促しているような
印象を無きにしも非ずな感じを
持っていたのは事実です。

それに「拍手」やら「ランキング」やら
やたらと何度も「クリック」を
お願いするのも恐縮な気がします。

だからと言って、せっかく「拍手」で
応援して下さった方に申し訳ないですし、
急に止めるわけにも行きませんでした。

今回のサーバー障害で
3月24日以降の「拍手」の記録が
全て消滅したのをきっかけに思い切って
外してみることにしたのです。

実際、止めると文章の最後が
ちょっと寂しくなってしまいました。

ブログを書いていると
凡人のドクターフリッカーは
やはり、他人様がどう思っているのか、
どうしても気になるところです。

「拍手」は「ランキング」とは
また違う「ツール」だったな・・・と
止めてみて改めて感じました。

「クリック」させるのが
恐縮なら「ランキング」も
撤退しろ、と言われそうですが、

まあ、何か「はげみ」もないと
ブログを続ける甲斐もありませんし、
そこら辺はご容赦ください。

あと、文頭に「ランキング」のボタンが
あるのはおかしいと以前に
どなたかにご指摘頂きました。

言われてみれば確かに
変な感じもしないでもありません。

「リコメ」もしていないのに
勝手なことを言うようですが、
やっぱり、「コメント」を頂戴するのは
本当にうれしいものです。

例え、「辛口」でも
こんなブログをわざわざ読んで下さり、
ひとこと、コメントを頂くのは
ありがたいことと思っています。

どうぞ、これからも
「いつでも夢を」と
ドクターフリッカーを
よろしくお願いいたします。
2011.04.08 Fri l つぶやき l COM(0) TB(0) l top ▲


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昨晩は基幹病院である
大学病院との「連携パス」の
運用についての話し合いに
区の医師会まで行きました。

正式には
「地域連携クリティカルパス」。

疾患、疾病によって
必要なときに必要な治療が
基幹病院で行えるように

地域の医療機関と
基幹病院とが一定の情報を共有し、
よりスムーズに患者さんの
診療連携が図れるように
するものです。

もともとは厚生労働省が
10年くらい前から
「クリティカルパス」を推進し、

決められた検査や治療は
一定のスケジュールで、
「クリティカルパス」に則って行い、
在院日数の短縮を図ることが
目的でした。

実際、ドクターフリッカーが
大学病院に勤務していた当時、

「退院日は大安で」

と患者さんやご家族に言われて
お気持ちはよく分るだけに
困惑したこともあります。

「クリティカルパス」は
急性期疾患を数多く
診なければならない基幹病院にとって、
ベッドの稼働率を有効にするためには
やはり、必要でしょう。

「連携パス」が確立していると
極めて効率的に診療情報の提供が
行えるようになります。

入院前の検査や退院後の管理を
地域の医療機関と連携して行うことは
患者さんにとっても有益なことです。

しかし、一方で、
患者さんの状況によっては
「画一的」な「連携パス」では
対応できないことも当然ありますので

全てを「連携パス」という
レールで行おうと言うものでは
ありません。
2011.04.07 Thu l 医療 l COM(2) TB(0) l top ▲


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昨日からブログが
復旧できました。

たった2日間ですが、
何だかずいぶん長かった
気がします。

FC2ブログの障害情報によれば
サーバー本体の故障ということで、

サーバー機を取り替えて
バックアップデータを転送しての
復旧だったそうです。

3日に書いたエントリーは
消えてしまいました。

頂いたコメントもいくつか
消えてしまいました。

ま、こんなブログですから
大きな問題にはなりませんが、
ネットを使う情報のやり取りには
少なからずリスクがあると
言うことです。

あの日、3月11日には
携帯電話は通話もメールも
全く出来なくなりました。

携帯電話はあくまで
民間の企業に依存している
「電話」であって、
けしてトランシーバーや無線機とは
違うものです。

依存と言えば「一企業」に
首都圏の「電力」を依存していた
ことについてもいろいろと
考えさせられています。

水も、ガスも、ガソリンも
野菜も、お魚も、肉も、お米も
供給に汗を流すひとがいて
初めて手に入ることも
今さらながら実感しました。

そして、ブログさえも、
けして、一人では続けることも
出来ません。

一人ひとりが
自分のポジションをしっかり守る。
それを放棄したら、いけません。
さあ、今日もしっかり仕事をしましょう。

自分の為にもひとの為にも
支え合っていきましょう。
2011.04.06 Wed l 意気込み l COM(0) TB(0) l top ▲


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こちら、フリッカー。

FC2、応答せよ!FC2、応答せよ!

FC2のホームから無理やり
ログインして
管理画面にアクセスしてみました。

うーん、何か、まだはっきりした
応答がありません。

FC2ブログ、
復旧してますか?

いやはや、情報発信も大変です。

サーバーの不具合でしょうか。
2日間、ブログの管理画面に
アクセスできないばかりか、
ブログの閲覧も出来ませんでした。

これはアップされるのでしょうか。

記事はバックアップからの
復旧だそうです。

3日と4日のエントリーが
跡形もなく消えています。
ひとたまりもありません。

インターネットも脆弱です。
痛感しました。
2011.04.05 Tue l つぶやき l COM(2) TB(0) l top ▲


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昨日のブログで
「肝生検」について

「たかが肝臓に
 針を刺すだけの検査」と
表現しました。

仮にも肝臓専門医で
肝疾患の治療の携わるものとして
患者さんの気持ちを考えていない
軽率な表現でした。

深くお詫びいたします。

肝生検は医者にとっても
けして日常茶飯事と呼べるような
簡単な検査ではございません。

出血、胆管損傷などの
危険性をいかに少なくするか
施行医が大変神経を使う
医療行為の一つです。

一見、手技がシンプルなようでも
実は慎重に慎重を重ねるために
外来ではなく入院した上で行わなければ
ならない検査であるということを
申し上げたいのが本意でした。

全ての検査、治療において
一つたりとも気を抜いて
出来る医療行為はないと
考えております。

医療行為を「たかが」と軽んじて
考えていることはけしてございません。
しかし、その上でもっと
患者さんの気持ちを考えるべきでした。

この度の不適切な表現は
患者さんにとって、特に肝生検を
受けたことがある方には
大変、配慮に欠けていました。

また、現在、肝生検を施行されている
肝臓専門医の先生がたにも
ご迷惑をお掛けいたしました。

重ねてお詫び申し上げるとともに
深く反省いたします。

今後も、真摯に検査や治療に
取り組んでいく所存です。

申し訳ありませんでした。

2011.04.02 Sat l 医療 l COM(0) TB(0) l top ▲


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大学病院のときは当たり前に
行っていたものでも
開業すると自分だけでは
出来なくなるものがあります。

例えば「肝生検」。

肝臓に針を刺す検査なので
施行後の出血を確認するために
入院を必要とします。

あと、内視鏡を使った
胆管膵管造影検査。

これはレントゲンの透視設備と
放射線技師さんがいないと
一人では出来ません。

開業と一口に言っても
設備にお金をかけて
医者やコメディカルスタッフを
充実させれば何とかなるかも
知れませんが、

医者が一人での開業となると
なかなか難しいものもあります。

ドクターフリッカーは
「大腸内視鏡」も開業したとき
あきらめました。

前処置や検査を行う
スペースが足りなかったのと、
ほぼ同時期に大腸専門の先生
近い距離で開業されたことが
あきらめた理由です。

その代わり、
上部消化管内視鏡検査」、
胃カメラにはハイビジョン映像を
用いて力を入れています。

さらに2006年から市販された
Narrow-Band imaging(NBI)。

2つの波長に狭帯化した光を用いて
表層の血管と粘膜表面の構造を
明瞭に観察することが出来る
内視鏡システムも採用しています。

怪しいと思ったところは
NBIに拡大内視鏡を併用して「狙い撃ち」。
おかげで早期胃がんを昨年も6症例、
発見することが出来ました。

せっかく検査をするのですから
「見落とし」は許されません。

今日から4月。

開業して9年目に突入しますが、
初心を忘れずに謙虚に、
しかし、狙いは外さずに
しっかりと行っていきたいと思います。

2011.04.01 Fri l 医療 l COM(0) TB(0) l top ▲