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語り部として、生涯をささげた
名もなき兵隊。

昨日、92歳で
「戦友」のところへ旅立たれました。

第二次世界大戦。

末期の沖縄戦。

昭和20年4月1日に
読谷と嘉手納から上陸した
米軍はまたたく間に
北部、中部飛行場を確保。

4月5日までに東海岸まで制圧。

沖縄本島は南北に分断され、
日本軍守備隊は壊滅しました。

軍の指揮系統もなくなり、
残存兵による散発的な戦いが、
続きました。

名もなき兵隊は、
仲間とともに、
山腹に潜伏。

民間人とともに、
わずかな食料を分け合い
山中で飢えをしのぎ、
励まし合いました。

敗戦。

兵隊たちは民間人に
米軍に投降するように説き、

自らは、そのまま山中に潜伏。
戦闘を続けますが、
仲間は、つぎつぎと敵の銃弾に
倒れていきます。

たった一人になって、
海岸線に食料を求めて出てきたところを
民間人が米軍に通報し、
その兵隊は身柄を捕獲されました。

自決を考えますが、
残してきた妻、
五人の子供たちのことを思い、

そんな簡単に命を捨てられるものかと
これ以上、失うものはないじゃないかと、
その兵隊は「捕虜」になりました。

戦後、
「捕虜」になったという、
重い二文字を背負って、

生き残ったものの役目として、
その兵隊は、

日本各地を巡り、
戦争の悲惨さ、生命の尊さを
語り歩きました。

集団自決は日本軍による強制があったと
主張する方も
いらっしゃいますが、

こういう名もなき兵隊もいたのだと、
こういう事実もあったのだと、

素直に事実を後世に伝えたいと
思います。

2008.07.23 Wed l ひとこと l COM(0) TB(0) l top ▲

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