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1990年の学会のことです。
ドクターフリッカーたちの発表に
肝臓学会の重鎮である
東京の国立大学の I 先生から、
するどい質問。
あげく
「あんたたちみたいな、
素人がこんなことやっちゃ困るんだよ。」
と厳しく叱責されました。
まー、なんておっかないひとなんだろう。
ドクターフリッカー心底、びびったもんです。
その後、相模原の病院に派遣されてましたが、
くだんの I 先生、
なんと母校に教授として
やってくるというではありませんか。
「いやー、あんなおっかないひとが
やってくるんじゃ、大学に戻りたくないな。
このまま相模原の病院にいたい。」
と、いう思いに反して、
大学復帰の辞令。
I 教授のいる回診やカンファランス。
もう、緊張の連続でしたが、
じっさい、間近に接すると
素顔はとても穏和な先生で、
未熟なわれわれにも
直接、声をかけて指導をして頂きました。
そう、野球がお好きで、
ご自身も学生時代は野球部だったそうで、
医局員と野球談義に花が咲いたこともありました。
ただ、研究、学問に対しては大変きびしく、
ドクターフリッカー、
当時、後輩の博士論文の指導をしていましたが、
少しでも矛盾したデータがあると
夜を徹してでも、とことん、追試をするように言われました。
そう、科学とは
たった一つでも反証されると、
その結果は否定されるのです。
I 教授は旧厚生省、厚労省にも働きかけ、
C型肝炎の検査や治療の普及、助成にも
尽力されました。
2001年には「みなとみらい」で
肝臓学会総会の会頭を I 教授が務めることになり、
Y先生らとともに教室員、
一丸になって総会を成功させました。
ドクターフリッカー、
I 教授のおかげで
講師、医局長にも抜擢してもらいましたが、
大した仕事もできず、
恩師と申し上げるのもおこがましいです。
1992年から2002年まで
ご指導いただいた I 教授。
一昨日、午後8時半に
天に召されました。
痛恨の極みです。
いまは、ただ、
ご冥福をお祈りするばかりです。









