ドクターフリッカー

自分たちの頃は
国家試験の合否が判明するのが5月下旬。

6月になってからオリエンテーションを受けて
研修医生活がスタートするのです。
最初の5ヶ月は「神経内科」でした。

アテローム血栓性脳梗塞の患者さんが
圧倒的に多かったのですが、
そんな中、難治性のギランバレー症候群を
2例担当しました。

お一人は60歳代の男性、
もうお一人は10歳代の女性でした。

教科書では「予後良好」と習っていましたが
一向に改善せず、当時は血漿交換も
健康保険の適用になっていなかったため、
治療に難渋しました。

ルンバールという腰椎部を穿刺して
脊髄液を採取する検査を
繰り返し行わなければならなかったことは
患者さんにとっても新米研修医にとっても
つらいことでした。

原因不明の小脳失調で入院され、
数週間の単位で症状が進行して
クロイツフェルト・ヤコブ病と診断した患者さんも
強く印象に残っています。

医者になって最初に勉強した「神経内科」。

神経学的な所見の取り方はもちろんですが、
それ以前の処方せんの書き方や点滴の仕方など
基本中の基本を教えて頂きました。

このままずっとここで働くかのような感覚でしたが、
10月で「神経内科」は終了。

11月から「神経内科」には新しい研修医が、
自分は「循環器内科」へローテーション。

冷たい秋風の吹く季節で患者さんの担当から
外れることに感傷的な気持ちになったものでした。

研修医として担当する最終日、
受持ちの患者さんから頂いたネクタイは
今でも大事に持っています。



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2013.10.22 Tue l 思い出 l COM(0) TB(0) l top ▲

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