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ドクターフリッカーが
医学部を卒業したころは、
卒業時に入局する医局を決めなければ
なりませんでした。

ただし、研修医は医局には籍がなく、
大学病院預かりということで、
健康保険もありません。
今、思えばひどい話です。

父が皮膚科医だったので
漠然と皮膚科にすすむつもりでしたが、
何となく「内科をかじってから」のほうが、
勉強になると思い、
希望は「内科」にしました。

母校には
第一、第二、第三内科と
三つの内科がありました。

それぞれ、主任教授の研究が
その内科のメインになっていました。

第一内科は腎臓疾患、
第二内科は循環器疾患
第三内科は代謝、内分泌疾患
といった具合です。

消化器内科はどこの内科でも
メインにはなれずに胃腸や肝臓な好きな
先生たちが頑張ってやっていたのです。

アメリカンフットボール部は伝統的に
外科系を専攻する先輩が多く、
ドクターフリッカーの同級生は
整形外科が人気で、内科は皆無でした。

学生時代は、
アメリカンフットボールと合コンに
うつつを抜かしていた
ドクターフリッカー、

内科にすすむと言ったら、
真顔で同級生に心配されました。

「アメフット部に入ってあんなに
6年間苦労したのに、
医者になっても、
また、おんなじ苦労をしちゃうよ。」

と言ったのは、
現在、逗子で整形外科を開業している、
I くんです。

いったいどういう心配の仕方でしょう。
失礼にもほどがあります。

整形外科や耳鼻咽喉科の先輩たちまでも

「おまえ、内科なんだって?
第二内科か?だいじょうぶか?」

「二内なら知ってる先生いるぞ。
頼んどいてやろうか。」

はー。
知ってる先生は、
そりゃ母校の大学病院ですからいるでしょう。

そのうちに
自分でもほんとに医者としてやっていけるかと
心配になりました。

それでも、ドクターフリッカー、
何とか、卒業試験、国家試験を突破し、
やけくそ気味とあたってくだけろで
きびしいと評判の「第二内科」に入局したのでした。

2008.04.24 Thu l 思い出 l COM(2) TB(0) l top ▲

コメント

昨日はご来店ありがとうございました。
林さんのファンの私としましては、楽しく拝読させていただかざるを得ません(笑い)これからも立ち読みさせていただきます。
P.Sいつもご来店、ありがとうございます。
2008.04.24 Thu l 福村 のぞむ. URL l 編集
No title
私は3内に4年間ほど勤務していました
(●^o^●)
2008.04.24 Thu l . URL l 編集

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